|
アルタイ日記 2002
巻上公一
02.7.11
モスクワ経由ノボシビルスク行き
10時間でモスクワ
20分でシェレメチボ2から1
5時間の待ち合わせ
4時間でノボシビルスク
02.7.12 ゴルノアルタイスクからエルオイウィン会場へ
朝5時20分ノボシビルスク着。
ボロットとアルジャンの出迎え。
約8時間でアルタイ共和国の首都へ
ユネスコ事務所でチェゲル(アルタイのヨーグルト)をいただき
長靴を買いに行く。
会場は最近雨がちだったのでぬかるんでいるとのこと。
羊肉の昼食後、1時間で会場へ。
郊外に野外ステージがふたつ。
たくさんの売店、いくつかのユルタ。
そしてアルタイ中から集まったたくさんの人。
02.7.13 ユーリーによろしく。
会場の入口からステージ付近まで、歩いて10分以上。
いったりきたりですぐ時間が経ってしまう。
突然、馬に乗って現れたのはトゥバのオトクン・ドスタイだった。
取材兼招待演奏者とのこと。
その後、ショールの民族音楽グループとお茶をした。
その中に前世界チャンピォンの勇利アルバチャコフのお姉さんがいた。
「ユーリーによろしくね」
どうやって彼に伝えたらいいのだろう。
夜、
巨大スクリーンを備えたメインステージでボロットに紹介され歌唱。
コンサート後半は、モスクワから来た人気歌手のオンステージにうんざり。
02.7.14 全方位イベント行ったり来たり馬に乗り
ファッションショー
馬のレース
アルタイ相撲
買い物 黄金の根入り蜂蜜 キルギスの帽子 口琴
02.7.15 小さなレストラン シュマロフ・ノホンの太い声
ゴルノアルタイスクに戻り
レストランでノホンさんに会った
相変わらずの素晴らしいだみ声
びーんとしている
02.7.16 ウストカンに向けて出発
メールをチェック
こころをチェック
からだをチェック
ウストカンの白い岩に夜到着
02.7.17 アルタイの宇宙論
流された橋を見て
川を渡る
白い岩を高く高く登る
頂上付近の洞窟で
マンモスの骨を発掘中
しばらく車で行き
メンドゥールサッコン博物館館長
アレクサンドル・イワノヴッチ・ショドーエフは訊く
きみたちは何を知りたくてここにきたのか
アルタイの本当の意味を知っているか
その後、次々に語られたアルタイの宇宙論
02.7.18 青い山の向こうにベルーハ山がある。

朝、ウスティコクサを出発。
ウイモンにあるニコライ・レーリッヒ・ミュージアムへ。
レーリッヒはここに12日間滞在したそうだ。
ウイモンにはレーリッヒを信奉する人ひどが集まって住んでいるが、
そのほとんどはロシア人だ。
イキヌールのボロットのお母さんのユルタで
羊やチーズをごちそうになる。
ウレーメー(アルタイのサワークリーム)のうまいこと。
02.7.19 アルタイに美しい水を求めて
モスクワの
ニック・ドミートリエフ主催のフェスティバル
「きれいな水」に参加。
今日は、アルタイのミュージシャンたち中心。
観客はロシア人がほとんど。
ボロットの要請で、礼緒の口琴ソロ、ぼくの声のソロ、
そしてトリオで口琴をする。
02.7.20 その才能のひとしずくも失わないように。
「きれいな水」2日目。
今日は、ぼくは1時間の演奏時間をもらった。
たっぷりソロをやり、その後ボロットとデュオをした。
ロシア人相手の野外ステージに内心悪戦苦闘していたが、
終演後、カザフスタンから来ていたフォークロア研究者の女性が、
「その才能のひとしずくも失わないように」と言ってくれたのは、
うれしかった。
02.7.21 8時間かけてノボシビルスクへ
昨夜、帰りの車の中でボロットは歌いどおしだった。
NHKの取材班とヘリコプターに乗るのがいやらしい。
ぼくらはアルジャンの運転で8時間かけてノボシビルスクへ。
ボロットの友人セルゲイの案内で、おそろしくうらぶれた
クバルチーラ(ソビエト風アパート)へ。
少しだけ眠る。
02.7.22 空腹過ぎてワシリー寺院内部もそぞろ
歴史博物館の中のレストランで食事。
アルタイの食事があまりによかったので
高級レストランの味がひどく大味に感じる。
02.7.23 アルタイ発 湯河原行き
ノボシビルスクの空気の濁り
モスクワ上空のオゾンホール
東京には不機嫌な顔、顔、顔
アルタイから湯河原へ
湯河原からアルタイへ
ひとっ飛びならノーストレス
*田口ランディさんのご主人の運転で成田から湯河原に直行。
|