Makibri diary2003 中盤

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03.9.30 南半球はエメラルドの光映すホカの滝
羊のショー(仕事をみせるだけ)を見に行き
たくさんの羊の品種に目まい。
その後、羊歯類の公園へ。
ドライブを続け、タウポ近くホカフォールという滝へ。
川の色はエメラルド色に輝いている。
南半球の光は、明らかに違う。

03.9.29 キヨラ、キヨラ、マオリの聖地ロトルアへ。
冷たい雨がふったかと思えば太陽照りつける。
その中、オークランド・フェスティバルの事務所にいき
ギャラの請求とは、このフェスティバルに?
HARZレンタカーでカローラを借り、ロトルアに向け出発。
楽しきかなニュージーランドドライブ。
モーテルが80軒近く軒を連ねるFenton通りの
Silver Fern Mortorinに決め、マオリのタマキ村のショーに行く。
マオリ語のこんにちは「キヨラ」を覚えた。

03.9.28 John Zorn's cobra in Auckland
P Dadson
M Brennan
P Winstanly
J Bell
D Mcmillan
R Francis
D Horner
T Rodwell
Mark von Tongeren
Clayton Thomas
K Makigami

at Odeon lounge

03.9.27 てさぐりのコブラ オークランド編
まさかのコブラリハ。
てさぐりでルールを調べていたニュージーランド人に
質問攻めにされる。
夜は、フィル・ダッドソンさん宅でもてなしを受けた。
メニューが魚、ごはん、豆腐サラダ、緑茶で満足。
奥さんのカミラさんが編集した子供用の歌本、カセット付きをいただき、
If you ever meet a dinosaur.
その音楽に息子踊りまくり、カミラさん感激。

03.9.26 豪華な壁のない夜地図を頼りに。
今回のコンサートのタイトルは、off the wall。
フィルがつけた。
600人くらいの会場は満席。ソールドアウト。
フィルがつくった音楽地図を目安に、演奏を企てる。
シドニーからきたクレイトン・トーマスというコントラバスと
ロショックトランペットでデュオが楽しい。
映像は台湾人の若者。
豪華な壁のない夜。

03.9.25 教会に響くへんな自作楽器。
ホテル(Citylife hotel)は思いの外広く、
キッチン、電子レンジ、洗濯機、居間が付いている。
だけど毛布とかは安く、羊毛の国が泣く。
12時からニュージーランドテレビの取材。
1時からリハーサルをする。
フィルの自作楽器の数々が揃う。
スプリングが垂れ、メタルの棒が何本も埋め込まれたドラム。
マークは、小さな玩具やカオスパッドを使うようだ。
ぼくはテルミンをiBook経由にしてエフェクトをかけてみる。
会場は教会で少し音が遠く感じる。
ホーメイにはいいが、なにもかもマイルドになってしまう難点がある。
夕飯は近くの「れんこん」という丼屋で食べる。
ニュージーランド料理のようになっている丼だった。

03.9.24 ニュージーランド初日。
オークランドに到着。
フィル・ダッドソンとその仲間たちに会い、
ちょっと演奏。
夜は、韓国のカヤグムを見に行く。

03.9.19 作曲家の誕生。
マザーシップ「ヴォイスパフォーマンス講座」
声の作品の作曲。ジョン・ケージの方法から。

03.9.15 潮風にやさぐれた倉庫を懐かしむ。
横浜赤レンガ倉庫1号館で
HOT HEAD WORKS PROJECT vol.3をみる。
林貞之氏がElectric eelのKIMOSUIを使うというので、
あわてて踊り子号に飛び乗り横浜へ。
夜は、『アフロディーテin the キャバレー』という
ダンサー6人に永田砂知子、澤田譲治、こまっちゃクレズマの共演。
山口小夜子さんの手足の長さといい、衣裳のセンスといい
すばらしい。

03.9.14 小田原城二の丸で聞くカラシニコフ。
小田原『楽市楽座』に行く。
布うの石井さん、レインボーパレードの河千田さん
ちんどんの「かぼちゃ商会」海野さんと渡辺さんに会う。
バルカンもやるちんどん音楽。
たくさんの食べ物屋台に目移りするも、
昼たべたばかりで何も試せなかった。
明日は昼頃行こう。

03.9.13 コブラここちよい断面。
コブラ当日。
いままでにない素晴らしい出来のコブラだった。
音が繊細に響きあい、魔法の瞬間に満ちていた。

03.9.11 名月 岩戸山には 火星あり
小さな花瓶にたんまりとススキ。
団子を食べて月をみる。

03.9.9 ホーメイはまだまだ火星は月に並ぶ。
コブラリハ3回目。
長須さんの琵琶がみんなの注目。

朝日カルチャー「ホーメイ講座」最終回。
なにかやりたりない感じを残しつつ来年に持ち越し。

見上げれば、月の下にポチンと、あるものは何。

03.9.8 石臼挽きになったBread &Circusのパンを食べる。
ニュージーランド大使館から電話。
ワーキングビザの申請書を付け忘れているとのこと。

03.9.7 ミンミンゼミを観察。
至近距離でなくミンミンゼミの震え。

03.9.5 右手と左手がデュオをする。
聖心女子大にホーメイフェスティバルの打ち合わせに行く。
ここには素晴らしいホールがあって、
今日試したら、ホーメイも生でいけそうだ。

おととい
審査員にイトイさんをお願いしたら、1時間で返事。
うれしい。

東急文化村で大混雑のフリーダカーロの絵を見る。
大地のエネルギーを味方に付けている。

夜、マザーシップ「ヴォイスパフォーマンス講座」
右手と左手のデュオ。

03.9.4 用意したものは、即興ではよく無効になる。
岩下徹インプロヴィゼーション
久しぶりに岩下さんの踊りと対面。
いい気分になり遊んでしまった。
この日、テルミンの出力を
iBookのLive2.0に入れてみた。
3.0のサンプリングの変形に興味。

帰り、神保町ろしあ亭で食事。

03.9.1 ジョン・ゾーン・マンス 50th birthday
コブラリハ2回目。
ゲリラの説明。
今月はジョン・ゾーンの50歳記念。
13日は、ジョンにぼくらのコブラを捧げよう。

03.8.30 痛いので、録音は持ち越し。
扇風機に小指をはさむ。
なんのと思ったが、血がほとばしる。

03.8.29 この世の誰もが知らない民謡
コブラのリハ。
マザーシップ「ヴォイスパフォーマンス講座」
もみ手しつつ、この世の誰もが知らない民謡を歌う。
合の手も、まちまちに。

03.8.27 はじめての国際免許ふたつの署名。
9月にニュージーランドでドライブしようと思い、
国際免許の取得に沼津の静岡東部免許センター行く。
30分で取れたが、サインは筆記体でといわれたのに
ブロック体で書いたところ、注意を受け、その上に書かされる。
はじめての国際免許がなさけない姿に。

03.8.26 トゥバ人アメリカに進入
朝日カルチャー「ホーメイ講座」
1993年新年トーナメントローズに出場した
3人のトゥバ人のドキュメンタリーを観る。

03.8.23 六本木ヒルズに自分が似合わない。
第26回日本文化デザイン会議 東京に出演。
 
少しはやく着いたので、
ひとつ前の香山リカ、植島啓司、水野誠一の後半を聴取。
植島啓司氏が紹介したビデオの
鶏のからだとウズラの脳のキメラは興味をひいたが、
その後の「ギリシャ、ローマ時代から脳が」という
大雑把な言い方には、呆れた。
香山リカにシンパシーを感じた。

03.8.20 森に響く声を感じる。
快晴。
白州「ヴォイスアート・ワークショップ」
宇宙語でセッションしよう。
森のステージに響く声。
それだけですばらしい体験。

03.8.19 森のクレズマサーカス幻想。
前線はいまだ居座りを決めている。
車で高速移動していると、
トンネルを潜るたびに天気が変わる。
甲府では晴天、白州に来てどしゃぶり。
2年ぶりの白州栗林。
リハがはじまるくらいに雨が止み、
コンサートができる見通しがたった。
久しぶりに会う梅津和時さん率いる
こまっちゃクレズマの面々も元気そうだ。
さてアクロバットチームは、大丈夫なのだろうか。
ローラーバランス、綱渡りなど小雨に濡れて冷や冷やした。
森の中の宴は、ひんやり幻想的で、
いい気分のコンサートになった。

03.8.17 京劇ヴォイス天を射る。
程農化の二胡と下北沢レディジェーンでDUO。
京劇ヴォイス天を射る。

03.8.15 終戦記念日のサイレン響く温泉場。
「このサイレンは。。。」の声は冷たく、儀礼的。

03.8.10 龍の住む池。
河岸段丘を上り、ひまわり畑を見た後、
名水100選に選ばれた龍が窪の水を飲む。

03.8.9 台風がそっと跨ぐ場所。
北東アジア音楽祭(新潟県津南町カガンポート)。
台風10号直撃の心配をよそに、津南に雨なく。
馬頭琴はいななき、口琴は震え、二胡が龍になる。
韓国の立舞(イッチョム)の華麗さ、農楽は豊作を鼓舞する。
アイヌムックリの響く中、台風は上陸した。
各地の被害を思うと、
ここはそっと跨いでいったようだ。

03.8.8 歌は瞬間に生まれ、円環する。
マザーシップ「ヴォイスパフォーマンス講座」
サークルソング。
歌は瞬間に生まれ、円環する。
ヴォイスキュアデュオ。
二人一組で声のマッサージ。

今日は東京に泊まる。

03.8.7 湯河原案内。
このところ上野屋旅館によくいくようになった。
ここの温泉は、効き目湯河原一である。
大正時代の古い建物の風情がまたいい。
少し歩くと老舗の和菓子屋小梅堂がある。
名物きびもちはぼくの定番だ。

03.8.6 青い鳥を見るのは実に久しぶり。
青い鳥A・LIVE「ポロロッカ」観劇。
芹川藍の音の感覚、リーダーシップ健在。
わざわざA・LIVEという名前をつけているように
いきいきと生々しい舞台を取り戻したいのだろう。
しかし、
いまそれはどうしたら可能なのか。
装置はいるのか、衣装はどうなのか。
練習をする必要があるのか。
演劇は、その役割のすべてを検証する時代に入った。

03.8.4 ミルフォードがつくったヤラに声を添える。
モダン・ヴォーカル・ワークショップ3日目。
ミルフォードがつくったヤラという武術は、
相手の悪いところを治療する武術。
ふたりは向かい合い、悪いところを探し、手を差し伸べる。
それに「ふぅーっ」という声を添えてみる。
障害のある子供たちと、ホーメイをする。
声はからだに響きあう。
発表会もうまくいき、細馬宏通氏との対談は、
声としぐさに分け入っていく。

03.8.3 湯河原の花火、窓枠からフレームアウト。
モダン・ヴォーカル・ワークショップ2日目。
午前、
walk and stop and sound.
1 stop 1event.
word and sing.
宇宙人コミュニケーション。
午後、
アトムの足音をつくる。
踊りを読む。
声を録音して聞く。
夜、
湯河原の花火、窓枠からフレームアウト。

03.8.2 声も障害もあるがままに。
モダン・ヴォーカル・ワークショップ。
あー、うー、とあーうーの歌。
歩き、止まり、声。
自分にしか出せない声。
午後は、障害のあるひとたちとの合同セッション。
盛り上がる。

03.8.1 東京下町散歩。
深川のヨーガン・レールで買い物。
開智、ヨーガンに遊んでもらう。
森下、京金でおそばを食べ、
夜、トゥバ旅行した仲間で集まる。

03.7.29 モンゴルの5つのホーミーとは、
朝日カルチャー「ホーメイ講座」。
オッペイホーメイ(子守のホーメイ)を歌い、
モンゴルの唇のホーミー、上あごのホーミー
喉のホーミー、鼻のホーミー、胸のホーミーを検証。

03.7.28 熱海サンビーチの砂は沖縄の砂。
熱海のイタリアン「MON」で食事の後、
サンビーチで息子の海水浴。
最初、砂に足をつけるのを嫌ったが、
海へはぐんぐん入っていった。

03.7.26 慣れないものは、開けることすら難しい。
妹と甥が来たので手巻き寿司
ハバロフスクで買った本物キャビアを開けようとするが、
開けるのにかなりの時間を要する。
慣れないものは、開けることすら難しい。

03.7.25 慎重な計算は必要、でも冒険を恐れない。
来年つくばの打ち合わせの後、
club24Yokohamaへ。
JOJO広重と昔はなし
ケイ・マスダのパーカッション溌剌、
my cobra and her headsのへたうま感といい、
このイベント楽しんだ。
帰り、大雨で小田原-熱海間不通。
急遽、小田原から新幹線で熱海へ。

03.7.24 森の中の美術館は、森と呼吸する。
津南の会場を視察後、すぐ近くの
蔡國強館長の世界最小の美術館ドラゴン美術館で
キキ・スミスの作品「小休止」を観賞。
森の中に放置された警備員のいない、
束縛のない、自由な美術館。
見る価値大いに有り。
(自然を破壊し無理やり箱根の森に作ったポーラ美術館とはえらい違いだ。)

03.7.23 本人も登場「草間彌生ナイト」
妻有アートトリエンナーレ「草間彌生ナイト」
松代駅前には草間作の「フラワー」が咲き、
3年前のイリヤ・カバコフ作品の名残が見える。
できたばかりの雪国農耕文化村センター農舞台に繰り広げられた
草間ファッションショー。
最後には草間自身が、雪上車で登場。
震える声で「とても感動しています」というと、
会場全体が、同調した。

2階は、ショップとイヌイットのキルト展、レストラン。
それぞれがアーティストの作品だ。
トイレも作品で、全体がオレンジ。
入るとどこが出口かわからなくなる。

03.7.22 牛のホーメイでくつろぐ。
今日は、新幹線で偶然、林英哲氏(小田原在住)に会う。

朝日カルチャー「ホーメイの世界」
モングンオールの牛ホーメイ、11種類のホーメイのビデオを見る。
トゥバ語の単語の勉強。

03.7.21 熱海でジャズを聴く。
ビリー・コブハム(ドラムス) ロン・カーター(ベース)
ケニー・バロン(ピアノ) のトリオの演奏を
熱海MOAに聴きに行くが、5歳未満の子供は入れないと問答になる。
というのも受付がロビーにいてもらっても困ると言ったからだ。
広大な駐車場も使えないといい張る。
熱海観光協会にはもう少し考えてもらいたい。
(まったくもって馬鹿げているが、)
演奏の前に、マジックショーがあるところがなんとも熱海ぽい。
「マジックにマジックなし、演奏にマジックあり」という言葉が浮かぶが、
新興宗教が持つ建物の気色悪さも手伝って、
自分がなにをしにここ来ているのかわからなくなった。
「それこそマジック」
驚いたことに会場で、里帰り中のチボ・マットの本田ユカに会う。
帰りは、熱海渚の幸華で、おいしい中華。自分を取り戻す。

03.7.20 マキガミサンタチ横浜に初登場。
横浜港花火大会と重なり、驚くべきひとごみをかき分け
やっと会場のドルフィーに着いた。
このトリオは線香花火から
ウサギが登場して跳ね回るといった
荒唐無稽とはかなさの演奏であった。

03.7.18 架空の動物になって啼いてみる。
マザーシップ「ヴォイスパフォーマンス講座」
手をゆっくりうごかして声を出す。
からだを折り曲げて架空の動物を作り出す。
モルゲンシュテルンの趣。

03.7.17 熱海起雲閣を見学、いい気分になる建物だった。
庭を見て抹茶をいただきのんびり過ごす。

03.7.16 韓国舞踊の踊りと音にしびれる。
レディジェーンの大木さんに連れられて
江東文化センターに鄭明子舞踊団を見に行く。
韓国伝統舞踊で使われている音楽が、実に面白い。
新潟津南町のの8月9日の公演に出てもらえないか交渉する。

03.7.15 エジプトロジーCDになる。
リチャード・フォアマン作「エジプトロジー公演時の音楽がCDになる。
イノヤマランドのふたりがそれを持って来訪。

03.7.11 蒸し暑くとも、声は快調、心悠長。
ヒカシュー吉祥寺Star Pine's Cafe
なんて蒸し暑い日。
新生2回目、ちょっと余裕がでてきた。
声がとてもよく出るので、歌をうたうのが楽しい。

03.7.10 カモノハシのスピードはどのくらい?
ヒカシューのリハ。
新曲「カモノハシ」を作る。
ずいぶん前に作った詩だけど、やっと歌になった。

03.7.9 ヴォイスはトークにも変容する。
マザーシップ「ヴォイスパフォーマンス講座」
トゥバのホーメイ会議の話から、なぜか臨済禅の話へ。
植芝盛平合気道開祖のところにいた
バグダッド市内のすべてに詳しいKさんの話止まらず、
ヴォイスはトークにも変容する日だった。

03.7.8 美しい草原のカルグラ口の中で木霊して鳥の声がする。
ヒカシューリハの後、
朝日カルチャー「ホーメイ講座」
アルドゥンオール・セヴェックのカルグラを分析する。

03.7.6 パパタラフマラの鰐大通り計画。
バスハウスで、パパタラフマラの
ストリート・オブ・クロコダイル計画なるパフォーマンスを観劇。
相変わらずこざっぱりした演出は小池流か。
ポーランドの作家シュルツに「鰐大通り」という短編があり、それを元にしているらしい。
今年ニューヨークでは、ヴィトケヴィッチばやりだったし、シュルツもアニメ映画されたり、
ポーランド作家は注目されているようだ。
またカール・ストーンが音楽をやっていてアフタートークもあった。
カール・ストーンがライブエレクトロニクスでなくテープ音楽なのは、
カールの音楽を知るものにとっては、すこし不満がある。
小池氏はそれをバジェットの問題であるとトークで語っていた。
こちらはトゥバ帰りで体調がすぐれず、
パフォーマンスの全体を把握できなかったのが残念だった。

来年1月早々、小池氏の企画で、
つくばカピオホールで近藤良平(ダンス)氏とコラボレーションする。
音楽を任されたぼくは、
オランダのヤープ・ブロンク(voice)とサハのアリビナ(口琴、voice)に声をかけた。

03.7.4 ハバロフスク、新潟経由、帰宅。
朝10時にハバロフスクに到着。
自由市場を観光して、午後2時の新潟行きに乗る。
新潟から湯河原へ、家でお刺し身三昧。

03.7.3 ノボシビルスク散歩
駅に行ったり、ぐるっと町を回って、山川くんたちとお茶したり、
部屋でインターネットをしたりして、夜10時ホテルを後にして、
深夜1時30分のハバロフスク行きに乗る。

03.7.2 ノボシビルスクのアイスサーカス
トゥバ空港でキーラとゾーヤ、そしてオトクンと別れ、
一行はノボシビルスクに移動。
一気に大都会に来た気分だ。
昼は尾引くんと2年前にも行った太陽酒場で親子丼を注文するが、
「オヤキ丼」と直される。よくキリル文字を読むと確かにそう書いてあった。
これは見た目はカツ丼だが、チキンカツを卵でとじたもの。
それにソースが付いてくる。
夜は、
ジェームスの機転で、みんなでアイスサーカスを見に行くことにした。
美女、猿、道化、空中ブランコ、熊、縄跳び、全員が一流のスケーターだ。
100ルーブル(400円)で見ることが出来た。

03.7.1 歌えることは聞き取れること。
シンポジウムを昨日で終え、フリーになった。
そこでナデージダ・クーラルさんが、
ぼくらをカーへムの家に招いてご馳走してくれることになった。
そればかりかカーヘムの劇場を借りて
小さな手作りのコンサートを開いてくれた。
子供たちのプロ級の踊り、
スタニスラフ・イリーハのカルグラポップス、
彼の奥様ルイーザの美しい歌声。
ヴァレリー・モングーシュのバヤーンとホーメイ。
心がこもった暖かいぼくたちのためのコンサートだ。
ぼくも「ソーラン節」を歌ってお返しをした。
午後は、川辺でホーメイのワークショップを行った。
ヴァレリー・モングーシュ、オトクン・ドスタイ
モングンオール・オンダール、チョドラー・トゥマット
スタニスラフ・イリーハが先生。
まずは基本のオー、エー、ユー、ングだが、
これが本当に難しい。
結局誰もうまくできなかったように思う。
トゥバ人に聞き取れる音が日本人には聞こえないらしい。
ヴァレリーさんからホーメイ、エゼンギレールの移行を学ぶ。
最後は全員で「エキアタル」を歌った。
そして、夜はドラマシアターで、
ウラジミール・ソヤンの50歳記念コンサートに出演し、
そのまま宴会に突入。
トゥバの1日は常に濃い。

03.6.30 国境の湖に駱駝が啼いている。
トゥバ式テント、オグの寝心地はというと、
あまりの寒さに朝5時に起きてしまった。
覚悟はしていたが、朝晩の冷え込みは相当だ。
しばらくすると食事用のコンロに薪がくべられたので
キルギス人と羊解体の違いなどの話をしたり、気功したりした。

ここのご主人の話だと、1947年頃は湖はいまよりずっと小さかったそうだ。
自分たちのオグはかつてはいま湖になっているところにあったとのこと。

いよいよ羊が召される時間が来て、
羊の血を地面にこぼさぬように、きれいに解体し、塩ゆでにした。
腸に血を詰めたソーセージや、茹で立てのレバーは格別の味。

サッカーしたり、水泳したり、ぼんやりしたり、
みんなそれぞれの時間を過ごし、
昼過ぎにはメインイベントのフレッシュというトゥバ式相撲がはじまった。
日本からヤスくんが出て健闘、一勝したが、ソヤンさんに敗れた。

さて、テレホルを後にしよういう時、ラクダの遊牧が突然現れて、
たくさんのラクダが「くえーっ」という鳴き声を上げて湖に入っていく光景を見た。
ぼくらはカメラを持って湖に走ったが、牧人たちが全員を引き上げさせた。
ラクダが怖がって、湖から出れなくなってしまうからだという。

03.6.29 エルジンはトゥバの東南にある。
エルジンは首都クィズィルから東南に200キロほどのところにある。
シンポジウムの一環で、郊外への旅が必ずセットされている。

エルジンに向け10時出発だが、
朝9時から昨日のボリスさんはじめ、ヴァレリーさん、
ニコライ・オールジャック、スズケイさんがホテルにやって来て、
ホーメイ歌手ユニオン「デンビルデイ」の設立への賛同を求めた。
面白いことになってきた。

2台の中型バス、1台のワゴン、警察の先導でエルジンまで4時間。
エルジンでは野外コンサートが用意されていて、
ウラジーミル・ソヤンさんのグループ「アイ・ヘレル(月の光)」が演奏。
そして尾引くんと四家くんのデュオが、殊の外素晴らしく感動していると、
雨が激しく降ってきた。
コンサートを中断し、テレホルという湖に向かう。
テレホルは、モンゴル国境にある湖で、向こう側はモンゴルだ。

テレホルは風もなく静かな水を湛えていた。
日本から来た15歳のアーサーくんが、すぐに海パンになって水しぶきを上げた。

夕食はオグと呼ばれるトゥバ式テントの中で、羊の上あごをぼくが切り分けた。
ホイドパックというトゥバのケフィールがうまい。

夜10時に訪れる夕景の紅は眩くて、トゥバ人がウルテムチェイ(宇宙)を感じる瞬間だ。
暗やみの中、コンサートの続きがはじまり、ヘッドライトをブリンクさせて、
ソヤンさんの娘リリアの「ランバダ」や「ベサメ・ムーチョ」
ブリヤートから来た人気歌手のチンギスのディスコ調の歌で盛り上がった。

深夜12時になるとシャーマンが儀式をはじめた。
火が焚かれ、そのほのかな暖かさに、座り込んでいたぼくはうとうととしていた。

03.6.28 グランプリは、アルドゥンオール・セヴェックさん。
11時からのプレスコンフェレンスをさぼって
シュールー・オパールさんの住むカーへムへ
場所を忘れて、タクシーで川沿いをぐるぐる。
ポーザ(スープ入り餃子)山ほどふかし、
ぼくのためにライスを炊き、醤油もつけて、
さらにたっぷりのキャビア。なんとまあ豪華な食事に舌鼓。

午後3時、博物館でみんなと合流。
夕食後、授賞式とコンサート。
グランプリは、アルドゥンオール・セヴェックさん。
50歳のベテランホーメイジだ。驚異的に美しいカルグラ、
真っ白な古代の狩猟民の衣装に弓を口腔で共鳴させてのパフォーマンス。
アンサンブル賞は若手のアラッシュそしてチルギルチンなど。
そして才能豊かな15歳のメルゲン・クーラル(ゲルマンさんの長男)が
ゲナディ・トゥマット・スタイルなどで賞をさらった。
日本人では、礼緒が口琴ベストパフォーマー賞を受賞。
アサオさんが、オリジナリティー賞、木島くんが観客賞を取った。

この後、
すぐにひどく場違いなロシア人のクラシックコンサートがはじまった。
ピアノの調弦をしていないピアノで弾くと、どんな音楽もさすがにすごい。
それでも押し切るのがロシア流か。

あまりのことにロビーに出ると山川君や尾引君もいた。
国会議員でホーメイ歌手のボリス・ヘルリーさんが、話しかけてきた時、
山川君が、コンテストに対する不満を述べた。
それを聞いたボリスさんは、
もちろんトゥバのホーメイ歌手も不満でいっぱいなんだと話した。
どうやら科学者サイドで作られていることで亀裂が生じているらしい。
そんな話がきっかけで、明日にも会って話すことになった。

休憩になり、ゾーヤさんに来いと言われて行ってみると、
隣接した中華料理店で先ほどのロシア人演奏家と大統領が、
豪華な食事を前にして、乾杯しているところだった。
シンポジウムも政治に利用されているのか。実にうさんくさい。

この大統領の食事中、コンサートはずっと休憩していた。
大統領待ちではじまった2部。
その中で、さらにホーメイセンターから賞が授与された。
尾引君はカルグラ賞、礼緒は皆勤賞、
山川君は、アバンギャルド部門優勝に輝いた。
ぼくは、芸術表現賞のようなものをいただいた。

打ち上げで会ったトゥバの小説家の人が
「日本人はホーメイをよく研究して、さらに新しいものを作ろうとしている」
と評価していた。
ホーメイの中心にいないトゥバ人は実に冷静だ。
もっとも他に出演した外国人は、フィンランドの女性ピパさんと
ノルウェーのモルテンさん、アメリカのジョバンさんと、
フィンランド人の若者くらいで、皆音楽は素人臭かった。

ぼくが見たところでは、尾引くんと山川くんは、
音楽的にもパフォーマンスも非常に高いレベルの演奏をしていた。
このふたりは今後もっと評価されるべきだろう。

03.6.27 長い長いホーメイコンテストで耳もキーン。
朝9時からの研究発表は、台湾やサハから予定されていた人たちが
来なかったことで、この日が最後になった。
シアトルから来たアメリカ人が、WEBに情報がないだとか、
ベルリンから来たドイツ女性が、サイホンホのことを知ってるかとか、
まったくもってとんちんかんなことばかり言うので、
内心はやく終わりになってほっとしたが、
すぐに教育大臣との面談が控えていた。
午後2時からコンテストが始まらんとしているのに、もう1時過ぎ。
あわてて食事をすませて会場のドラマシアターに行くと、
観客はほとんどいなかった。(入場料が異常に高かったせいだろう)
どうもいままでの国際ホーメイ会議と様子が違う。
審査員は、ヴァレンチナ・スズケイ、コンガルオール・オンダール、
フョードル・タウ、ドイツ女性、ゾーヤ・キルギスなど。
アンサンブルの部とソロの部があり、
ソロの部はやたらカテゴライズにうるさかった。
あいかわらずホーメイに関して保守的なトゥバである。
これではモンゴルが来るわけがない。
いままで来ていたハカス人さえ来なくなった。
コンテストには、
歴代グランプリのモングンオール、ムンズック、イゴールばかりか
ベテランのアルドゥンオール・セヴェックやらヴァレリー・モングーシュや
ゲルマン・クーラル、それにアナトリー・クーラルまで出る始末。
これはどういう類のコンテストなんだろうか。
ぼくも出るつもりはなかったが、
なにもしないと審査員にされるので出ることにした。
日本からは、木島くんがモングンオールの持ち歌を歌い、大いに受け、
続くアサオさんは、女性とは思えぬカルグラで観客がざわめいた。
尾引くんは、「メン・侍・メン」という素晴らしいつかみで、達者なイギルと
プロペラ級の舌が繰り出すボルバンナディルでオリジナルな世界を披露。
四家くんは、チェロを弾きながらアーシューデッケンヨを歌った。チェロはさすがプロだ。
ホーメイのまったくできないヤスくんは、「やっさういうい」と浴衣で踊り
舞台度胸とユーモアで押し切った。
そして、日本ホーメイグランプリの山川くんは、
ギターをかき鳴らし、早口ホーメイスキャットで、
日本発のホーメイの新しい方向性を指し示した。
ほかに直川礼緒は、急遽作られた口琴部門に出演、複弁口琴をアルペジオした。

後半いきなりうるさくなった時間規定。
午後10時くらいからほとんどいなくなった観客、
疲れ切った審査員とやる気のなくなった出演者。
終演は、午前2時。
すごい一日だった。


03.6.26 用意もないのに、スピーチに次ぐスピーチ。
朝、
オールジャック大統領を囲んでの会談では、突然スピーチが要請された。
日本人15人の代表なので覚悟はしてたが、たいした用意がない。
宇宙語でしたいところだったが、理性をとりもどし英語でスピーチ。
その後すぐ、
ホーメイセンターに場所を移し、シンポジウムが始まる。
今回のポイントは、ゾーヤ・キルギスの本に書かれている
「ホレクテール(胸の唱法)」のクローズアップだ。
夕方、雨が降るが、
アジアの中心の碑からスタートするパレードの頃には、すっかり上がった。
中央広場までの行進は衣装も賑やかで楽しかったが、ブラスバンドの音楽にはがっかり。
やはり過去のフェスティバルどおりホーメイにして欲しかった。
開会式がはじまり、
赤絨毯の上をアナウンスされて壇上に上がるゲストたち。
有名ホーメイ歌手たちに混ざってわれわれ日本人もひとりずつ呼ばれ、
トゥバ式歓迎の印である白い布を掛けられる。
そして大統領のスピーチ。
その後、またまた突然壇上で耳元にささやかれた
「巻上サンスピーチお願いします。」
こんなことならもう少し考えておくんだった。
開会式が終わると、全員で劇場に入りトゥバ発オリジナルバレエ
「シャーマニックドリーム」の観賞。
日本人のように見えるトゥバのダンサーたちに妙な親近感を覚える。

03.6.25 第4回ホーメイシンポジウム
トゥバ空港に到着。キーラとサーシャの出迎え。
いきなりトゥバテレビのインタヴュー。
ホーメイセンターでレジストレーション。
驚くべきことに、日本からの15人(+直川礼緒)に対して、
他の国からはたったの7人。
ノルウェイ、フィンランド、ドイツ、アメリカ、英国だけ。
予想とかなり違い、これは盛り上がりに欠けている。
モンゴル、アルタイ、ハカスもいない。
フィルハルモニアで、コンテストの順番を決めるくじ引き。
ゾーヤ・キルギスの本「トゥバの喉の歌」の出版祝い。
外国からの参加者のためのコンサート。
コンサートでは、イゴール・コシケンディが光ってた。

03.6.24 クラスノヤルスクのクヴァス
8ルーブルで大きめのスタカンにクヴァス。
クラスノヤルスクのは抜群にうまい。
サシスキーをほおばって市場へ。
バヤーンを売るおじさん健在。

03.6.23 トゥバへの長い道のり
新潟空港からハバロフスクへ。
一行は、個性的な13名。
ハバロフスク アムールホテル泊。

03.6.20 声よ、糸に従え。
マザーシップ「ヴォイスパフォーマンス講座」
声の糸は、2本にになり、複雑な動きと緊張感で、
深い音響を導く。

03.6.19 JASRAC総会は、定数ぎりぎりの成立。
JASRAC総会へ。
執行部の決めたおざなりの進行に、
議長はただ従うのみで、小林亜星さん怒る。
いかに意見を言わせないかという具合になっている。
それにくらべ
以前の議長、都倉俊一理事はスマートだった。
出版社との契約が永続契約まま見直せないのはおかしい
という素晴らしい発言もしていた。
さて
今日もすぎやまこういち理事が、
「関係ない意見を言うな」という人を圧する発言。
これは本当にいただけない。
しかし若い人がなかなかJASRACに入ってこない。
このままでは作家は音楽出版社に牛耳られてしまう。

03.6.18 声は憑依の入口。
多摩美術大学特別講座
大友良英「ミイラになるまで」の音の作り方。
声の履歴から声による思想の憑依まで。

03.6.17 ボロット帰路につく。
うまくいけば今日中にバルナウル行きに乗る。

朝日カルチャー「ホーメイの世界」
1997年のトゥバの話。
力を込めた発声について。

03.6.16 ボタンをひとつひとつかける。
ボロット ソトコトとLINKCLUBの取材受ける。
カイの詳細な語り、それはホダンひとつひとつのかけ方にも及ぶ。

03.6.15 泣きそうな空、なんとか最後まで。
きのう疲れがピークだったけど、
ナノリウムでマッサージしてもらい復活。
ボロットもご機嫌。
中井町葛川湿生公園 小学生対象「宇宙語ワークショップ」
子供は意外に集まらず、中年と老人の声、響く。
アルタイのカイが緑に溶けるのどかな演奏会。
夕方、田口さん宅で、ごちそう。
夜、湯河原「上野屋」でボロット初の温泉に感動。

03.6.14 満月は雨の向こうに。
富士がまったく見えないので、白糸の滝を観光。
ボロットはこんな滝はアルタイにしかないと思っていたと言う。
富士吉田ナノリウムは息づかいのわかる小さな空間。
声の魔法のような瞬間を感じる。
今日は満月、でも雨。
こんな日は本当に関係が密になれる。

03.6.13 災い転じて福とする。
静岡清水テルサホール
いいホールで、リハの時の音もよかったのに
本番は低音がハウったままに。
第二部は生声にしてみる。
災い転じて福とする。

03.6.12 贅沢な一休み。
石塀小路の宿から歩いて清水寺へ。
奥之院本尊三面千手観音さま 243年ぶりのご開帳。
茶屋で蕨餅。ボロットに説明していて気がついた。
アルタイは蕨の大産地だった。
夜は昨日の打ち上げ、順正で豆腐懐石、京を満喫。


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